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共感と発見の2軸で漫画を作る 毎日でぶどり作者、橋本ナオキさん

共感と発見の2軸で漫画を作る 毎日でぶどり作者、橋本ナオキさん
    橋本ナオキ(@Abhachi_Graphic) 大阪府出身イラストレーター・漫画家
    関西学院大学を卒業後、東京のIT企業にてシステムエンジニアとして勤務。
    社内研修で10年後どうなっていたいかを聞かれて「イラストやデザインがやりたい」と気づく。
    ある時期に終電帰りが続いたことで働き方に疑問を持ち、約1年半で退職。
    バンタンデザイン研究所にてグラフィックデザインを学んだのち、フリーランスとして活動を開始。
    2019年にSNSで投稿を続けていた「毎日でぶどり」が書籍化。2020年3月に第3巻発売予定。

かわいい鳥のキャラクターたちが日常に潜むあるあるネタや仕事に関するエピソードを伝えている「毎日でぶどり」。一見ゆるいテイストに見えますが、ふとしたセリフにハッとさせられたり、あるあるネタでは「分かる!」と数多くの共感を集めています。

主人公のニワトリ「でぶどり」を通して見える「自分らしい生き方・働き方」とはなんなのか?
今回は、自分のやりたいことを実現させるために会社員からフリーランスへと転身した「毎日でぶどり」作者の橋本ナオキさんにお話を伺いました。

「働き方を変えたい」そう思ってたどり着いたのが、フリーランスだった

会社員からフリーランスに転身したきっかけはなんですか?
東京でIT企業に受かって働き始めたんですが、元々特別パソコンが好きだとか詳しいわけではありませんでした。
IT企業なのでパソコン作業がメインではあったんですが、思いの外紙書類や手動チェックが多いことや会議の長さなどに小さな疑問が積み重なっていきました。そんな日々の中で、ある時期に終電帰りが続いて日付をまたぐ前(23時50分くらい)に家に帰れた日に「今日はちょっと早めに帰れた」と無意識に感じてしまい、このままじゃいけないと思ったんです。

会社自体はブラック企業ではなく、人間関係も悪くなかったんですが、自分の中で少しずつ違和感を感じるようになりました。ざっくり言うと「働き方を変えたい」という気持ちです。フリーランスという選択肢を知ってからは「フリーランス なり方」などをずっと検索していました。
ある意味、会社という組織から逃げてフリーランスに飛び込もうとしているような心境だったかもしれません。

右も左も分からない状況でフリーランスに関する情報を調べていくうちに、イラストレーターをされている高田ゲンキさんという方のブログと出会いました。僕と同じく美大経験なし・サラリーマンから独立された経験をブログや漫画で発信されており、「分からないからできない」という言い訳をできないほどの情報を得たので、あとは自分が行動するだけだと思い立ちました。
昔から好きなのはイラストを描くことだったので、連絡をとって色々質問したり、教えてもらったりして・・・すごくお世話になりました。とても尊敬しています。

フリーランスになるために具体的にどんな行動をされたんですか?
会社に辞めることを伝えてから初めてホームページを作ってみたりとか、結構行き当たりばったりでした。元々イラストに関しては、中学くらいまでは遊びで書いてたんですけど仕事に使えるレベルではありませんでした。
会社を辞めてからは、デザイン学校に半年ほど通いました。学校では基本的にイラストレーターやフォトショップなどソフトの使い方を勉強したんです。
そのときは「マンガで食っていく!」とか明確な目標はなくて、「イラストとかデザイン」ていうざっくりしたカテゴリでフリーランスを目指してたので、デザインも勉強しました。
学校に行ってよかったと思ったのは、フリーランスでデザイナーをやっている先生に直接話を聞けたことですね。
今からフリーランスになるんだったらどういう方法をとりますか、とかリアルな現場の声が知りたくて。

フリーランスになったばかりの頃は展示会に出たり、ラインスタンプを作ったりしていました。
でぶどりの他にも恐竜のキャラクターを作ったり、こまごましたイラストを文字にしたり、そういう方向で行こうと思っていた時期もありました。

橋本ナオキさんのLINEスタンプ一覧はこちら

会社員のメリットは「怒られる」こと

会社員とフリーランスのメリット・デメリットを教えてください
フリーランスと会社員の違いを一番感じるのは自由度の違いです。
しかし一概に「自由だからフリーランスの方が良い」というわけではありません。

会社にいる頃は叱られることがいやだと思ってたんですけど、指摘してもらえる、怒られるのは会社員のメリットなんです。
フリーランスになったら間違ってても誰も怒ってくれないし、ただただ信用を失って仕事がなくなるだけです
特に僕みたいに経験が少なくてフリーランスになった人はそこが一番危ない。
どれだけ寝ても遅刻がないとかそういった自由も、裏を返せば生活が堕落しやすいことになりかねません。
フリーランスの自由さは自分を客観視したり自分を律することではじめてメリットになるんじゃないでしょうか。

だからといって僕もはじめから時間管理がしっかりできていたかというとそうでもなくて。元々朝が凄い苦手で、会社員時代は家を出る5分くらい前まで布団から出られないこともあったりとか・・・
だからこそ、フリーランスになったからにはこれは直さないといけない!と思って、時間管理やモチベーションを保つ方法についてはいろいろ本を読んだりして勉強しました。1人でいるのは性格的に苦にはならないんで、温泉合宿と称して1人で宿に泊まって仕事したこともあります。

1日の作業スケジュールはある程度決まっているんですか?

なんとなく決まっていますが厳格に決めているわけではありません。毎日ほとんど変わらないことは、毎日投稿しているでぶどりの漫画を前日の夜と当日の朝で完成させることくらいです。
今はyoutubeででぶどりのアニメも作ってますが、それは午前と午後の余った時間を作業に費やしてますね。
アニメも最初は独学で作ってたんですが、最近はさらにクオリティをあげるために動画の専門学校に通い始めました。アニメで流れてる曲は、友達に作ってもらってます。

毎日でぶどりyoutubeチャンネルはこちら

悩んでる人に、ちょっとでも楽になってほしい

でぶどり誕生の経緯を教えてください
でぶどりのキャラクターは初めてLINEスタンプを作ったときに「LINEスタンプの人気キャラクターは白くて丸いのが多い」という理由からです。
白といえばニワトリ・丸いといえば太ってる‥という安易な組み合わせです。
最初は会社員をテーマにはしていませんでしたが、社会風刺的な内容を書いたときに普段より反響があったため、自分が会社員時代に経験したことを元にしてみたり、さらにブラック企業的な話も書くようになりました。
キャラクターたちに特定のモデルはいませんが、近いものとしては僕自身のダメな部分がでぶどりで、いい部分がひよかもしれません。

でぶどりのテーマはなんですか?

初期は「当たり前を疑う」がテーマに近かったんですが、今はちょっと変わりつつあるかもしれません。
悩んでる人に、ちょっとでも楽になってもらいたいというか、ちょっとヒントを与えたいというか。

でぶどりはキャラクターが増えるごとに鳥の種類も増えてきたんですが、その鳥を暗に国籍に例えたりとか、多様性みたいなものもテーマに取り入れていけたらなと思って。
会社員のキャラクターですが10代の学生さんや、思っていたよりも若い年齢層の方たちも読んでくれてるので、そういう人たちが、いろいろな考えに触れるきっかけになればいいなと思っています。

そのためにはより沢山の人に知ってもらう必要があるんですが、ストーリーの深みやキャラの数、キャラクターそれぞれの掘り下げをしてみたり、色々チャレンジしてきました。
初期の「当たり前を疑う」ということだけではなく、横に広げる形で「あるあるネタ」や「もしもの世界」を取り入れてみたり。
例えば初めてでぶどりを知った人が漫画1本だけ見ても面白いといってもらえるようなものとか、そのふたつの軸でやりだしたのが結構いちばん効果があったかなと思います。

共感できるテーマが大事ということですか?

できるだけ共感だけじゃなくて、僕は共感と発見というふたつをテーマにしていつも作るようにしてるんです。
新しい気づきや知識といった発見を、誰もが共感できる内容で包むような漫画を目指しています。毎回うまくはいかないんですけど。
でぶどりが働き方を変えるような人生の大きな指針になったりはしないと思うのですが、これから先何かに悩んだときに、少しだけ前向きになれたり悩みがラクになるヒントになることが伝わるような、そういう漫画を目指してます。

漫画やアニメというコンテンツで入り口を広げる

10代の人たちに「いろいろな考えに触れるきっかけ」を持ってもらいたいと思ったのはどうしてですか?
僕が会社をやめるとき・・20代前半くらいだったんですけど、そのときにちょっと自分の考えを変えないといけないと思って、価値観のするどい人の本や自己啓発本を読みまくりました。
そのとき、今まで自分の思考にはなかった価値観や、考え方を知ることができたり、「気付き」がたくさんあったんです。
でもそういう本って、自己啓発本に興味がある人しか読まないだろうし、そうじゃない人にその情報は届かないんじゃないかって思って。
かつての僕がそうだったように、普通に会社や学校に行って、生活して、SNSを見てるだけだとその入り口がない。
そこをキャラクターとか可愛い、パッと見ゆるいマンガみたいなもので、かつ共感できてさくっと楽しめる形にして、入り口を広くして入ってもらったら。うまくいけば、ちょっと勉強になるところまでいってもらえるかもしれない。

でぶどりには自分の考えを押し付けるキャラもいるんですけど、ちゃんと情報を選べとかそういう内容も描くようにしています。漫画の受け取り方は人それぞれですし、自分の刺さるとこにだけ刺さってくれればいい。
僕の漫画すべてを信じて実践してくれとは思っていなくて、一節を読んで「たしかにそういう考え方もあるな」と思ってもらえたら。

自分で「見つけてもらう力」をつけることができる時代

描き続けるために大切なことは?

ネタには困ってしまうので、普段の生活で気づいたことをなんでもメモしたり本をたくさん読んでインプットは欠かさないようにしています。
基本的には前日の夜にネタをざっくり考えて当日の午前中に漫画を描いています。予定があるときは事前に書き溜めておきます。

2018年から毎日投稿をはじめる前は、毎日投稿する上で何が障壁になるかを確かめるために何本か4コマを投稿していました。それを描いたことで、自分が描き続けることを嫌にならないように「難しいことはしない」「できるだけ簡単に描く」ということを意識し始めました。
背景はほぼ線1本でおわらすとか、会社だったらデスク1個だけ描いておわりとか、そういう風に自分が面倒くさいと思うことは極力やらないようにしてきました。連続投稿を続けてこれたのはそれがいちばんの理由ですね。

キャラクターも他に恐竜とかいたんですけど、背中にいっぱいトゲトゲがあるんで描くの面倒そうだなと思ってやめたりとか。
最近はそれをうちやぶってちゃんともっと描いていこうと思ってます。

これからイラストや漫画で仕事をしていこうと思っている方にアドバイスはありますか?
僕が言える立場ではないかもしれませんが、今は漫画やイラストで食べていく選択肢が昔に比べて広がっています。
商業誌で連載デビューできなくても、自分で見つけてもらう力を付けることもできる時代です。「絵が上手くなってから」「話し作りや見せ方を習得してから」と待たずに作品をどんどん発表して、好きになってもらう努力を最大限やることが一番大事なんじゃないかと思います。
逆に、「自分がなにをやりたいのか分からない」という人は?
そういう人は、選り好みせずにちょっとでも気になることがあればなんでもやってみたほうがいいと思います。僕もそうなんですが年齢を重ねるうちに「これは自分にはもう遅い」とか「これはもっと若い人に向いてる」とか自分で無意識に壁を作ってしまうと思うんです。
でも、そういう壁を取っ払って、気になったことの無料体験に行ってみたり、知らない単語があったらとりあえず調べたりといった少しの積み重ねが、いつか本当に興味のあることに繋がるんじゃないでしょうか。

やりたいことをやってたらいつの間にか仕事になっているのが「理想の働き方」の第一歩

共感と発見の2軸で漫画を作る 毎日でぶどり作者、橋本ナオキさん

でぶどりを描き続けてきたことで、理想の働き方はできていますか?
でぶどりに関しては、一番の理想は好き嫌い関係なく誰もが知っているような国民的キャラクターになること。そのためにはアニメ化が必須なので、今はそこを本格的な目標にしています。
でも、それが理想の働き方かっていうとちょっと悩むところではあって・・・
でぶどりというコンテンツが行き着いて欲しい先と、僕の理想の働き方がちょっとズレてるかもしれません。
橋本さんの考える理想の働き方とは?
やりたいことをやっていたらいつの間にか仕事になってるみたいな、僕の場合はそれが理想です。
ありがたいことに、漫画を毎日載せてたらそれが本になったり、PRマンガのお仕事をいただいたりとか、そういう状況が理想の働き方の一歩目として実現できていると思います。
でもどんな仕事でもずっと続けて慣れてしまうとそれは理想の働き方ではなくなるので、一歩目を軸にしてまた次のことをやり始めて、こっちは縮小して次の山、みたいな。新しいことを始め続けるのが一番理想的だと思います。

他には、これから何か伸ばすとしたら画力かな・・・とかそんな風に、自分の能力を伸ばすことに面白みを見出してやっていくのもいいと思います。
今はありがたいことに想像以上に多くの人たちに知ってもらえるようになって(アニメ化させたいという目標もあるんですけど)次どこに行けばいいかわからない状態でもあります。なので次やりたいことができたときに動けるように自分のスキルを高めておきたいと思っています。

同時にでぶどり以外の、ゼロから育てていくような新しいこともやりたいです。もちろんでぶどりをもっと大きなコンテンツにするのが一番なんですが、新しい作品も世に出していきたいと思っています。
話が逸れましたが、ひとつの活動で軸を作って、常に次の新しいことに挑戦できる環境が僕にとっての理想の働き方です。

毎日でぶどりブログはこちら

取材後記

漫画という手に取りやすい形で入り口の敷居は低く、しかしその中身はしっかりと「共感と発見」というテーマの元に作られている。
毎日でぶどりが多くの人に愛され続けているのは、橋本さんが「好きになってもらう努力を最大限やる」という誠実さの積み重ねをしてきたからだろう。

SNSに投稿された漫画についた読者のコメントを見ると、当たり前だが人によって見方や感想も変わってくる。しかし、そこは「刺さる人に刺さってくれればいい」という言葉通り、正解は自分の心が決めるものであり、ときに「そういう考えもあるのか」と気付きも得られる。

多様な価値観やテーマをゆるく伝える毎日でぶどりはもちろんだが、まだまだ新しいことにチャレンジしたいと目を輝かせる橋本さんの今後の活躍を期待したい。

インタビュアー / 宮里和希